極楽寺:真言宗豊山派 願弘山蓮華院 神奈川県横浜市緑区(photo NAOKI TAKEDA)
 
 田辺光彰は「モミ(粗)」を制作の主要なテーマとする彫刻家です。モミは人類生存の糧(かて)のひとつですし、アジアの多くの人びとの生活を結ぶ絆(きずな)でもあります。彼は稲作の昔と今をたずねて、新石器時代にさかのぼる遺跡から山奥の秘境に棚田を守る少数民族の部落まで、国の内外をひろく旅しました。そして稲の元祖である野生種が、およそ一万年におよぶ環境の変化にもめげず今日なお、主に熱帯地方の沼地に自生しているのを知りました。しかも同時に、その自生地が現代の乱開発によってつぎつぎに失われていく現実にも直面 したのです。彼は専門の科学者と協力して「野生稲の自生地保全」をとなえ、作品によって世に訴える活動をはじめました。環境に国境なしとの信念から彼がこれまでに具体化した作品は、マニラの国際稲研究所(IRRI)の屋内彫刻や、タイおよびインドの農政省へ贈った大規模な野外の記念碑があります。いずれもモミやモミの発芽が造形されています。
 極楽寺には、田辺のふくよかな形をした青銅の「モミ」を中心として、彼が稲の栽培地や自生地を行脚(あんぎゃ)していて目にとめた動物を刻んだ木彫5点とデッサン1点が収集されています。彼の芸術の要点をうかがい知ることのできる貴重なコレクションです。木彫はクスノキの幹を輪切りにした素材に、ゾウ、ヘビ、トカゲ、ムカデ、ヒルが刻まれており、見る者は、素材の限られた形の中で動物の生態をたくみにとらえた表現のおもしろさを存分に味わうことができます。というのも、彫像は美術館で見る作品のように特別 の展示室にきちんと並べられているのではなく、本堂の外陣に、参詣の人と膝を交えるように親しみやすく置かれているからです。
「野生稲の自生地保全」は、当然ながら環境を自然にまかせて、そこに棲む多様な生きものの領域を侵したり損(そこな)ったりすることはありません。かつては水田も多くの生きものをはぐくむ温床でしたが、近年は稲だけを過保護に育てようとするあまり、他の生きものを追い出してしまいました。田辺が目をつけたのは、そうした疎(うと)んじられ除(の)けものにされた生きものたちです。さいわい彼の動物像は御仏のおわしますところに保護され、礼拝と祈りの場に置かれることになりました。極楽寺のコレクションは、生きとし生けるものをいつくしみあわれむ慈悲の教えを仲立ちとして、つくる者と見る者の心の交流を深めていくことでしょう。

MOMI(籾)


蛭 

象 

蜥蜴 

百足 

蛇 

drawing : 百足